邦画大好き丸の感想文

黄金時代は去ったのか? いや、まだ邦画にも面白い作品は生まれるはずだ、多分

【感想】月

ポスター画像

映画情報

監督 石井裕也

脚本 石井裕也

原作 辺見庸 『月』

主演 宮沢りえ 磯村勇斗 オダギリジョー 二階堂ふみ

2023年/144分/PG12

 


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あらすじ(公式HPより)

深い森の奥にある重度障害者施設。ここで新しく働くことになった堂島洋子(宮沢りえ)は“書けなくなった”元・有名作家だ。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリジョー)と、ふたりで慎ましい暮らしを営んでいる。洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにするが、それを訴えても聞き入れてはもらえない。そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくんだった。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていく――。

 

私的評価

★★★★★★★☆☆☆  7/10

 

感想

 

◉障害者施設殺傷事件

 

本作は「相模原障害者施設殺傷事件」を題材とした作品です。事件当時の社会的影響や犯人の人間性が話題になったことなんかは記憶に残っている人も多く、時代を代表するといってもいい印象的な事件でしたが、あくまで映画レビューであるため深くは触れません。一つだけ言及するならば、犯人「彼らは人間ではないから殺してもよい」という

発言がこの映画の核となるテーマとなっています。

 

モラルに従って考えれば、この発言に対しては「否」という他ありません。彼らだって生きている以上、基本的人権はあるわけで、殺していいなんて持ってのほか。主人公である洋子もそちら側の考え方であるはずなんですが、施設で彼らの心があるとは思えない言動を次々に見せられるうちに、心はどんどん揺さぶられる。特に、暗闇の中、汚物まみれで虚空を見ながら自慰行為?をしているワンシーンがあるのですが、下手なホラーよりよくできてます。

 

犯人=さとくんとの対話シーンでその揺れが顕著に表現されるのですが、ところどころさとくんの言葉が自分の言葉になるような描写が背筋が凍るくらいに恐ろしく、この映画一番の見どころシーンと言えます。そして、ある意味そのシーンより恐ろしいんですが、犯人の発言について、YESともNOとも断言しないでこの映画はラストを迎えます。主人公たちは夫も仕事が上手くいき、ハッピーエンド的な終局を見せるんですが、その背後で流れているTVには、さとくんが起こした大量殺りくが放送されている。止めようと真剣に思えば、止められたはずの惨劇。そうしなかったのは、犯人が言う「彼らは人間じゃない」という発言に、少しでも同意してしまった自分がいるからではないか・・・。

 

観終わった後もモヤモヤが続き、現実生活まで浸食してくるような後味が残る映画でした。

 

磯村勇斗二階堂ふみのヤバさ

 

はい、メインテーマについて少し真面目に語ったところで、本作の映画的に面白いと思った点をいくつか紹介していきます。こっからはフランクに。

 

まずキャラクターですが、一番目を引いたのは、さとくん(磯村勇斗)と陽子(二階堂ふみ)

です。主人公である洋子(宮沢りえ)は障碍者施設に就職したてで、まともな人間の感性で視聴者側に近いのですが、この二人は明らかにどっかぶっ壊れてる感じを出しています。それが施設での経験なのか、生まれ育ちの影響なのか、曖昧にしているのもよいポイントだなと思います。

 

一番印象に残ってるのが、主人公の家にこの二人を招いて飲み会をするシーン。酒が入っているからと言い訳して、主人公の作品を思いっきり否定する陽子と、場をぶち壊すような死刑の豆知識を披露するさとくん。二人とも、圧倒的に空気が読めていない。発言した後にすっごい気まずい雰囲気になる主人公夫婦と、あれなにかやっちゃいました? みたいな感じで気づいていない2人の対比が、めちゃくちゃ嫌らしくて最高でした。

 

オダギリジョーさんも珍しく(?)気弱な夫役なので、こんな常識知らずの奴らにも笑って濁すだけなんですよね。普通は、だれかが怒って会話が終了しそうなもんだけど、なあなあにして流してしまう。映画全体を通して「見て見ぬふりをしていないか」という問いかけは一つのテーマになっていると思うんですが、それを端的に表した会話シーンだと思います。終盤でさとくんと二人っきりで話すときは、溜まっていたうっぷんを晴らすようにオダジョーがぶちぎれてた部分も含めてうまい構成だなと感じました。

 

というか若干話し飛びますけど、このぶちぎれシーン、めっちゃよかったんですよ。何が良かったかってオダギリジョーの演技ですよね。普通にキレるならだれでもできるんですけど、ちゃんと大人しい人が無理して怒ってるな、って分かる演技になっていて素晴らしかったです。

 

◉施設の描写は閲覧注意

 

次にメインとなる障碍者施設での描写ですけど、これはたぶん、人によっては受け入れられないかもしれないです。なぜなら、本物の障碍者の方が出演しているからです。映画でのそういった描写って俳優が演じているので抵抗なく見ることができるのですが、『本物』を見せられることに対して、正直なところ僕は少しだけ目をそらしたくなりました。

 

演技ではない本当の障碍者です。駄目だとわかっていても全く嫌悪感を抱かないわけにはいかない。描き方も、心優しい人たちって感じではなく、マジで話が通じない人々って感じなので、相当きつい。

 

思い出したのはやっぱり『フリークス』ですよね。本物の奇形者や障碍者見世物小屋の従業員という形で出演した、ある意味伝説の映画です。あれって国によっては上映禁止になるレベルの作品だったんですけど、割と今作もそれに近いレベルの作品だと思います。しれっとぎりぎりのラインを攻めてるなと。豪華めなキャストで誤魔化していますが、やっていることはかなり挑戦的です。

 

上映前のCMで「愛とイナズマ」が流れてたんですけど、これ本当に同じ監督なの・・・?って少しビビりました。向こうはよくあるテンプレ邦画って感じなので。

 

あとは施設の建物も、雰囲気が出ていてとてもよかった。森の奥に隠されるように立っていて、ぱっと見では牢獄みたいなんですよ。陽子が「隠したいからこんなところに施設がある」みたいに話すんですけど、なるほどその通りな外観です。特に夜中なんて、それこそもうゾンビでも大量に湧いてきそうな感じで、恐怖と不安を煽る効果的な舞台装置だったと思います。

 

◉ストーリーのスケール感

 

とまあ、ここまでまとめればすごく異質で特徴的な映画にはなっているんですけど、肝心のストーリーに関してもう少し広がりが欲しかったなと感じました。というのも、主人公の洋子は一時的に施設の従業員になるという形で、障碍者やさとくんたちと交流を持つのですが、そのことが何か全体のストーリーに影響を与えるかというと、さして何もなかったりします。

 

ストーリー的にはもちろん、色々動きはあるんですけど、それは主人公とその夫という狭いサークル内で進んでいくだけなんです。スケールの大きな虐殺事件を扱っている割には、メインストーリーがコンパクトにまとまりすぎていて、さとくんサイドの話と温度感が違いすぎて、ちぐはぐな印象を受けました。

 

単品で見れば、夫婦の再生物語として、そこそこ面白いものには出来上がってるんです。諦めていた子供ができて、夫の仕事もうまくいって、自分も作家として復活する、みたいな。ただ、メインテーマに対する必然性はあまり感じられず、結局は主人公たちがいなくても映画としては成り立ってしまうような気がします。もちろん、描きたいものは施設での話だと思うので、作品の意義としては満たしているわけですが、ぼく個人の好みかもしれませんが、やっぱり主人公たるもの映画の主観部分には深くかかわってほしかったというのが正直なところです。

 

ただまあ、若干こじ付けで言ってるだけなんですけどね。映画を見た後はそんなストーリーの構成とか主人公たちの存在感とか考えられないくらいにはダメージを負わされていて、最近になってようやく振り返ることができました。今年見た映画のなかでは、間違いなく一番破壊力がある作品だったと思います。

 

◉まとめ

 

・「見て見ぬふり」をさせない、メッセージ性の強い作品

・本物の障碍者が多数出演している挑戦作

・弱気なオダギリジョーの演技は必見

・心が落ち込んでいるときの鑑賞はお勧めできません

 

まとめると、冷静に振り返れば陽子(二階堂ふみ)も相当やばいやつだったな、な映画でした。