【感想】アリスとテレスのまぼろし工場
アリスとテレスのまぼろし工場
映画情報
監督 岡田麿里
脚本 岡田麿里
2023年製作/111分/G
あらすじ(公式HPより)
菊入正宗14歳。彼は仲間達と、その日もいつものように過ごしていた。すると窓から見える製鉄所が突然爆発し、空にひび割れができ、しばらくすると何事もなかったように元に戻った。しかし、元通りではなかった。この町から外に出る道は全て塞がれ、さらに時までも止まり、永遠の冬に閉じ込められてしまったのだった。
私的評価
★★★★★★★★★☆ 9/10
感想
◉岡田麿里ガチャSSR
良い意味でも悪い意味でも、現在TVアニメ業界で最も名前の知れ渡っている脚本家。それが岡田麿里さんである。
一番のヒット作である「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」は僕と同世代のオタクならほとんど見たことがあるだろうし、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」は放送終了してもう6年以上経過するのにいまだにネットのおもちゃにされている。
どうしてこんなにも評価がぶれるんだろうかという疑問に対し、僕個人の考えとしては彼女の人物描写が常軌を逸したぶっ飛び方をしているからだと思っています。感情表現が複雑すぎてそうはならんやろ、みたいな。でもすごく人間味があるというか、理解できないことへの魅力があるというか。そんな独特な人物描写なのですが、世界観の作りこみとかストーリーの組み立て方なんかが作品によって大きく違うので、ハマったりハマらなかったりする。そこが原因なのかなぁと。
そんなこんなで半ば怖いもの見たさで劇場に足を運びましたが、蓋を開けてみればアニメ映画では数年に一作くらいのレベルで面白かったです。すごい。物語の設定とマリー特有の恋愛描写が見事に噛み合い、良さが倍増されているように感じました。というのも今作は、言ってみれば逆「あの花」みたいなストーリーなんですけど、そりゃあ相性がいいに決まってるよねという話で。
もうほんとにやってることは滅茶苦茶で、常人には考え付かないような恋模様なんだけど、これぞ岡田麿里の真骨頂という作品に仕上がっていたと思います。
◉設定はありきたりだけど、見せ方が上手い
設定自体はよくある閉鎖空間もの。時間と場所が隔離され、原因はよくわかんないけどなんとなく神の怒りのせいなんじゃないかみたいな。ぶっちゃけ既視感がすごい。
ただすっごい上手いなと思ったのは「変わってはいけない」という設定をつけ足したことです。いつ、元の世界に戻れるか分からないので、その時に備えて自分の状態を保存する、みたいな。そのために自分確認票という履歴書みたいなのを書かされるんですけど、設定としての説得力もあるし、キャラの内面を可視化して説明もできるしでかなり小道具の使い方として巧みだなぁと感心しました。
また、その設定のおかげで「不変」と「変化」という分かりやすい構図を作れたのも大きいと思います。今作はがちがちに恋愛がテーマなんですけど、誰かを好きになるっていうのはかなり大きな変化なわけで、変わらないことを良しとする世界との対立が見ている側にとってすごく入りやすい構造になっていたんじゃないかなと。当然、我々観客は映画を見ている以上、感情を動かされる変化を望む人間が多いわけで、主人公たちに感情移入しやすい土壌が出来上がっていました。
あとは製鉄所と町の半分廃墟に足を突っ込んでいるかのようなノスタルジック全開な舞台設定も、非常に物語にマッチしていました。リアルとファンタジーがいい塩梅な美しい映像が流れるだけでワクワクするような風景なんですけど、このレトロな感じも「不変」と「変化」というテーマと際立たせています。テーマと舞台の選択が嚙み合っていて、上手いこと考えたなあと。
◉恋愛はわけわかんねえほど面白い
話の本筋は若者たちの恋愛模様になっているんだけど、これがまた狂気じみてるんですよね。
というのも映画のメインヒロインである睦実ちゃんですが、マジで何考えてるかわからんくらい情緒不安定。彼女の心境を100パーセント理解できるのって岡田麿里さんしかいないんじゃないでしょうか。登場シーンでいきなり主人公にパンツを見せたり、謎めいたクール系少女かと思ったらいきなり感情的になったり、終盤デレてきたなと油断したら「キスしたくらいで調子に乗らないで」とキレられたり。まさにマリー節炸裂といった感じで、まーじで行動原理が意味不明。女心は秋の空と言いますが、もう天変地異レベルに豹変しまくり。でもめっちゃ好きになっちゃう。
限られた尺の中でキャラクターの魅力を引き出すためには、普通であればしっかりと芯の通った人物設定にすることが多いと思います。わかりやすくて感情移入しやすい。でも岡田麿理さんの作るキャラクターってそれとは真逆でめっちゃブレることが多いんですよね。そのブレが他の作品にはない魅力になっていて、今回のように恋愛テーマの作品であればなおさら光るんだと思います。こっちの感情をめっちゃ動かされますからね。これが例えば、某機動戦士に乗って戦うようなアニメでされると、本来のテーマとの乖離でちぐはぐ感が増して、全体的にへんてこな出来になってしまったのかもなんて。
まあ、そんな御託はさておき、睦実ちゃん可愛いですよね。気持ち悪いのは重々承知してるんですけど、生々しい色気があるというか。シンプルに言ってえちえち。すっげえバランスの悪いツンデレなんだけど、その分デレた時の破壊力がヤバい。古のオタクみたいなこと言ってて本当にアレなんですけど、今作って表情の描写にかなりこだわっていて感情を台詞じゃなく顔の動きで表現したいってのがすごく伝わってくるんです。だから基本むすっとしている睦実ちゃんが恋する女の顔になった時のギャップが凄い。
もう一人のヒロイン?である五実ちゃんも声優が引くほど上手くて魅力あるんですけど、なにぶん出番が少なかった気がしないでもないです。睦実と比較すると明らかに出番と描写の割合がアンバランスでした。物語のキーとなる存在であるはずなのに、あんまり感情の動きが分からんかった。だから、最後の展開もいきなり感があったのだけが少しマイナスポイントですね。
でもラストシーンは始まり方こそ唐突でしたが、中身は濃厚でした。特にいよいよ五実との別れになるとこなんですけど、睦実が「他は全部上げるけど正宗だけは私がもらう」とか言いやがるんですよ。このシーンだけでも岡田さんが書いたんだなということが分かるくらい色濃くマリーが出ているんですけど、最高ですよね。狂おしいほどにねじ曲がりつつも真っすぐな独占欲。そりゃ世界もぶっ壊れますわ。
◉オリジナルアニメがもっと見たいんです!
とまあ、僕的には大好きな映画なんですけど、流行るかというと相当難しいんじゃないかと思います。見たのは公開初週でいまさら感想を書いてるんですが、驚くほど話題になってないし。
ぶっちゃけ現代が舞台の特殊設定ボーイミーツガールアニメって、「君の名は。」が大ヒットして以降、一時期流行ったものの今では若干食傷気味なんですよ。映画の公式サイトとか予告編とかだけ見ても、斬新! 見たい! とはならないじゃないですか。そもそもマリーだしって毛嫌いしてる人もいそう。
あとは最近ってジャンプアニメ黄金期が来てるんで、オリジナルアニメ自体がかなり窮地に立たされてると思います。ここ数年、新海誠と細田守とジブリ以外のオリジナルアニメ作品ってほぼシネコンで上映されていないですよね。だって一般の人たちはある程度ネームバリューがなければアニメなんて見に行かないですから。僕自身、映画館ではアニメってオリジナル作品しか見ないんで、その現状がすごく悲しいんです。
今作は人をめちゃくちゃ選ぶものの、上記の作品群に負けないくらいのポテンシャルは秘めてると思うんですよね。マリーはSSRだし、映像はMAPPAが本気だし、声優豪華だし、ED曲はなんと中島みゆきだし。おそらくはもう負け戦な気がしないでもないですが、じわじわと人気が出そうな実力はある作品なので、アマプラとかネトフリで出た辺りで話題になって、オリジナルアニメ作品がもっと増えるきっかけになればいいなと思います。
とはいっても、まだまだ上映中の映画になりますので、見てない方は是非映画館でご鑑賞いただきたい。
◉まとめ
・岡田麿里カラーが前面に出た、代表作と言っても過言ではない傑作
・「不変」と「変化」の対立的な見せ方が上手い
・恋愛描写は理解するな、感じろ
・睦実ちゃんかわいい
まとめると、恋愛も興行も一筋縄ではいかないよね、な映画でした。